170 名前:siro 投稿日:2003/ 4/23 23:41 >>169

視聴率狙いについて
>いまやドラマは作品でなく視聴率を狙いにした商品であるにも、かかわらず皮肉なことに視聴率は取れません。

その視聴率なんですが、ちょっと趣旨がずれるかもしれませんが

invitation誌における、(視聴率狙いで成功?)した植田プロデューサーの言葉です。木村拓哉トピからの転載なので、言葉遣いに難がありますがお許しください。

以下 invitation誌の記事

解説>
(前略)木村拓哉主演の、空の群像劇(Good Luck)は、驚異的な数字(平均視聴率30.6%)を叩きだした。
植田>
”(good luckは)最初から計算して、全ての世代にとっての主役と呼べる人をキャスティングしたんです。木村君、柴崎さん、(以下出演者略)そういった意味で知らない人が出ている瞬間はないんです。それにテレビドラマという枠でできる限りお金と時間をかけて作った(後略)”
解説>
これほど驚異的な数字を取った裏には、(植田の)ある心境の変化があった。(注=いら夏の不調)
解説>
龍居由佳里の脚本と堤幸彦の演出・・この双方のせめぎあいが作品(愛なんていらねえよ、夏)を純文学の域にまで高めていたのだが、(後略)
植田>
”あの作品(愛なんていらねえよ夏)が僕のなかで一つのターニングポイントになったんです。テレビドラマが好きなお客さんはすごく評価してくれたんですけど、4.2%という視聴率を記録してしまった。自分達が目指していた方向が、メジャーではなかったということをはっきり認識したんです。僕らとしてはすごく手ごたえがあったんですが、4.2%という数字を見たときに、、お客さんの、ドラマに対する興味って、失せているんだなってハッキリ思ったんです。ならGoodLuckはその4.2%の、コアなドラママニアが見ない作品にしようと・・・・”

以上、記事ここまで

 これを木村拓哉が読んだらどう思うのだろう。もし誉めてくれていると素直に喜んだとしたなら木村はよほどのバカだろう。植田プロデューサーは、直接に表現してはいないが、Good Luckは妥協作だといっているのだ。お金と時間はかけたとは言った、しかし脚本や演出について一切言っていない。視聴率を取るための、キャスティングの工夫には触れても。明らかに脚本や演出がどうだろうとキャスティングさえしとけば数字が取れると言ってるようなものだ。また暗に、いら夏と違って、自分が本来作りたくなかった作品だとも受け取れる。そして、ドラマへの興味があまりない人しか対象にしていないとも。プロデューサーがこんなことを言っている作品に出演して、たとえ高視聴率をとっても、喜ぶ者などいるのだろうか?植田だってわかっているだろう。普通の人が読めばこれは皮肉としか受け取れないだろうということを。はっきり言えば、Good Luckも、木村も、Good Luckを観ていた視聴者も、植田から見下されているのだ。

数字がどうであろうと、プロデューサーをもってして、手ごたえがあったと言わしめる作品を一緒にやっていくことこそ、役者冥利に尽きる。普通、役者はそう願う、と思うのだが。木村はどうなんだろうか?